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「クリムゾン・ルーム」にもらったもの

クリムゾン・ルーム

「クリムゾン・ルーム」読み終わった。
と、実はもう一週間も前のことなのだが、
忙しくて記事書く余裕がなかった。

どう書いていいのか見当が付かないというのもあった。
見当が付かないのだけれど書いてみる。
読んだら書くと書いてもいるし

クリムゾン・ルーム公式サイト

読後感は「清々しい」だ。
作品中、ずっと曇っていた空は最後に晴れ渡る。
作品中、ずっと与えられ続けた嫌悪感と不安感が
まるで無かった事にされる。

ラストを迎えても、実際のところ主人公の状況は
なんら改善していない。むしろ向かう先は
より予測し難いものになっている。
解決していない問題も山積みのままだ。

それでもなお「清々しい」のは、
主人公にとって何にも変えがたい「創造」への
欲求を取り戻したからだろう。
より正確には「創造を諦める必要がない」という確信。

「私は落下中だった。」から始まる本編。
落下は苦しみだ。
失われた自身の創造性。
回りがそれをフォローする。「創るのをやめろ」。
主人公もそれを受け入れようとする。
それでも不安を拭い去ることができない。
落下を続ける。

なぜ不安を拭えないのか。
それは主人公が自身の創造性を諦め切れていないから。
諦めざるを得ないところまで自分を試していないから。
目の前にある表面的な安心と、
それを失うかもしれないという
表面的な不安に囚われている。
そして本当の不安の中に落ち込んでいく。

主人公は最後に創造性を取り戻すが、
主人公が手に入れたのは返ってきた創造性ではなく、
「創造を諦めなくていい」という確信だ。
それは本質的には「諦めなければ創造性が失われない」
ということではない。
生み出せるかどうかは解らない。
解らなくても生み出したいと思う自分の気持ちに
抗うことはできない。
だから、創造性が失われようがどうしようが、
生み出したいのならそのためにもがけばいいし
もがくしか方法はないということ。
それは清々しい諦めなのだと思う。

ここで自分自身に返って、「クリムゾン・ルーム」は
なぜ自分が今こうしているのか、ということに対して、
勇気を与えてくれる作品だった。
自分が諦められないことを諦めるのは
「落下」する不安であり、
落下の先にある「衝突」は後悔そのものだ。
どうすれば自分が納得のいく生き方ができるか。
それを確信させてくれるのが
「クリムゾン・ルーム」という作品の力だと思う。

現在落下中の人、
自分の選択の結果がまだ出ていない人は
この作品に勇気をもらうといい。
確信を持って挑むことができている人にとっては
懐かしい思い出のような安らぎを与えてくれるだろう。
posted by てらじろ at 2008年06月29日 01:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 考え事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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